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 支配人近況


Hillside Inn
Adagio
Kitayama 4026,
Chino-city,
Nagano
JAPAN 391-031


アダージオ日記
 
アダージオ周辺、蓼科、信州の自然や出来事を日記風にお伝えします。
日記へのご意見ご感想はこちらへどうぞ。


最新の更新は 2013年11月12日 です。



2011年1月から12月までの日記はこちら
2010年1月から12月までの日記はこちら
2009年7月から12月までの日記はこちら
2009年1月から6月までの日記はこちら
2008年8月から12月までの日記はこちら
2008年1月から8月までの日記はこちら


 



外はいくら寒くても
室内はこれで万全


今年のドウダンツツジ

赤と白の色模様


冬鳥のトップバッター
アトリ

 



2013年11月12日 アトリ飛来そして初雪

数日前今年初めてアトリがやってきました。毎年冬鳥のトップバッターの役割を担っていますが、今年も例外ではありませんでした。とはいえ、去年は数羽が来たと思ったらそのあとバッタリと来なくなり、だんだん春が近付くにつれていつのまにか少しずつ数も増えていきました。今年もなんか同じことが起こりそうな予感がします。11月6日に1羽来たきりでその後は姿を見ません。餌は去年と同じ所から買っているヒマワリの種なので味も同じでお口に合わなかったとは考えられないですし・・・。
各地で雪のニュースが伝えられる今朝、アダージオでも初雪を見ました。しかも今朝の最低気温はマイナス6度。実は昨夜少し暖かいところから帰ってきたのですが、アダージオ(標高1500メートル)に近づくにつれて車の車外温度計(こんなものがついてます)がずんずん下がっていくのがわかり、着いた時はマイナス4度でした。出かける時は普通の気温だったので、服装も心づもりも気温に対応できておらず、走って家の中に駆け込んだ次第です。
そして今朝は雪。今年は数年ぶりに見事に紅葉したドウダンツツジの赤の上に白い模様を残していました。
さて、いよいよ本格的に冬の支度をしないと・。(本来ならもう済んでいるはずなのに・・・。)まず明日は除雪機がちゃんと始動するか確かめておかないと。去年はさぼっていて、
いざ雪が降って除雪機出動の時に動かなかった苦い経験がありますし・・・。

 




霜で一面真っ白の
アダージオの丘

霜に縁取られた葉たち

落ち葉(名前不詳)

ドウダンツツジ


アダージオのモミジ

 



2013年10月28日 霜の風景

は、”ひと雨毎に暖かくなる”と言いますが、この秋は”ひと台風毎に寒くなる”ようです。台風27,28号が北海道東の海上に抜けた後、西高東低の気候になり、蓼科はまた一段と寒くなりました。今朝の最低気温はついに0度にまで下がりました。アダージオの丘は一面霜で真っ白です。
今年の紅葉はかなり遅れ気味です。例年ですと10月も終わりころになりますとすっかり落葉して、なんか山が一回り小さくなったような印象を与えるのですが、今年はまだ紅葉してます。この台風の風にでもあまり落葉しないで、しっかり木々にしがみついています。オー・ヘンリーもこれだけ残すには針金がいくらあっても足りないので、これは本当に自然に残っているのでしょう。でも、アダージオ周辺もこの数日が最後でしょうか。でも、落葉松はようやく色づき始めたばかりで紅葉はこれからですが。紅葉の帯は麓に向かって下っていきます。来年の5月には緑の帯が麓から上がってくるのを心待ちにしていることでしょう。毎年同じ山の風景です。


アダージオから
八子ヶ峰方向を見る

 




フロントガラスの霜


カヤタケ兄弟

 



2013年10月17日 台風が去って

台風26号が去った後、気温がぐっと下がりました。北海道では雪が積もった所もあると報じてましたね。アダージオの今朝の最低気温は1度でした。駐車場の車のフロントガラスは写真のように霜で真っ白になっていました。この冬一番の寒さです。おかげで薪ストーブもよく燃えるようになりました。煙は(何とかと一緒で)黙っていても上にあがって行ってくれるのですが、やはり外気温と室内の温度差が大きいと、それだけ煙が上に登る勢いも増すようで、その結果ストーブもよく燃えてくれます。
今年は夏に雨量がかなり少なく、キノコの生育を心配したのですが、結果は9月の台風16号の雨のおかげでしょうか、グンと盛り返し、マツタケなんかは大豊作で、長野県産のマツタケも手の届くくらいにまで値段が下がってきたと奥さんが言っていました。(でも、私の口には回ってきませんでしたが・・・。)もうそろそろキノコも終わりのころですが、アダージオのテラスの下に、例年は生えてこない場所なのですが、カヤタケが行列して生えていました。カヤタケは形は面白くてマリリンモンローのスカートみたいですが、あまり美味しくはありません。訂正、私はおいしいとは思いません。お店にはもう地元の人たちが大好きなジコボウ(ハナイグチ)も出なくなりました。蓼科の冬はもうそこです。


 




蓼科山
山は一面のススキ


八子ヶ峰頂上のマツムシソウ
後ろは蓼科山


今年のツタウルシはかなり豪華
(アダージオの庭



 



2013年10月2日 秋の陽気に誘われて

このところ秋らしい天気が続いています。今日の午後もその陽気に誘われて、アダージオの裏山になる八子ヶ峰に上ってきました。八子ヶ峰は標高1833メートル、アダージオからは標高差3百㍍ちょっとですが、途中の駐車場まで車で行けば2百㍍程の登りですみます。標高の割には展望もよく、目の前には蓼科山がどんと威圧的にそそり立ち、その横には稜線の優しい北八ヶ岳の先に赤岳を盟主とする険しい南八ヶ岳連峰、その横には谷を挟んで北岳や甲斐駒ケ岳等の南アルプス、反対側には槍穂高の北アルプス等のパノラマティックなビューが楽しめます。何よりもあまり知られていないので人も少ない。今日も誰にも会いませんでした。犬がいたころは本当によく散歩がてら登ってきたものです。今日もやはり思い出してしまいました。
稜線はすでに秋の気配濃厚で、ススキがなびいていました。夏の間に登られたお客様から聞いてはいたのですが、やはり以前と比べるとマツムスソウがかなり減っています。アダージオの庭のもそうであったように、ここもやはり鹿に食べられたものと思われます。
登りはかなり頑張ってわき目も振らずにどんどん登りましたあが、帰りはきょろきょろしながら山ぶどうの今年のなり具合を偵察したりしてゆっくり下りてきました。今年は久しぶりに山ぶどうジャムが作れそうです。八子ヶ峰はアダージオから軽い反日コースです。
アダージオでは、少し遅れていたツタウルシが先週の寒さで急激に赤くなり始めました。秋の紅葉は徐々に色が変わっていくので、気がつかないうちにいつのまにか紅葉しているものです。そういえばラウンジ等の室内が外の葉の色の変化を
反映して日中少し明るくなってきました。いよいよ秋です。

 




濁流を乗り切った橋


紅葉始まる




 



2013年9月16日 台風18号

各地で雨の被害をもたらせた台風18号は、16日のお昼過ぎにはアダージオからさほど離れていない小淵沢付近を通過したようです。アダージオでは本当に久しぶりのまとまった雨でした。何しろ8月にはほとんど雨が降らなくて、アダージオの小川はからからに干上がっていましたから。そこに来てこの雨。昨年7月終わりの豪雨に匹敵するくらいの濁流です。その濁流で破壊されて昨年9月に掛け替えたあの橋は、実はあれ以来まとまった雨がなくて、どれだけの水量に耐えられるのか試していませんでした。ですから今日だんだん水量が増して濁流が橋げたに迫るのを見て、内心気が気でありませんでした。結果は御覧の通り、無事乗り切ることができました。文字通り”洗礼”を受けました。
雨の上がったあと、少し周りを歩いてみました。少しずつ葉の色が変わってきています。鹿の被害(またこのフレーズで恐縮ですが・・・)に会わなかったタラの芽の葉が紅葉し始めていました。この台風の後、アダージオではいよいよ本格的な秋が始まります。
連休を楽しまれて今日お帰りになられたお客様は、電車で茅野駅まで来られてあとはレンタカーでした。台風の影響で帰りの特急”あずさ”は朝から運休。朝の情報では午後には運転再開のはずでしたが、結局動き始めたのは夜になってから。全席自由席になって乗車率は140%くらいだったとのこと。大変だったと思います。いつもそうですが、帰りの高速道路の渋滞とか、このような列車の遅延と混雑を聞くにつけても、それでもアダージオに来てくださるお客様には、本当にありがたく思います。


 



 



2013年8月27日 犬のこと(続)

アダージオの今朝の気温は13度でした。すっかり秋の気配です。
前回、三谷幸喜氏に触発されてもう一度犬を飼うことについてスイッチが入ったと言いました。さっそく反響がありました。お客様がアダージオに来る途中で山梨の北杜市でお蕎麦屋さんに入ったところ、里親募集のビラ(写真左)が置いてあったと持ってこられました。
5歳のパピヨンでなかなか可愛らしそうですね。
後継を飼うことにスイッチが入ったと言ってもまだまだ時間がかかりそうだとも言いました。結論から言いますと、この商売をしている限りやはり飼えないと思いました。クーのようなお客様との絶妙な距離の取り方や接し方を後任に期待するのは酷です。一方、犬にとっても、飼い主以外の人たちが次々と出入りされることは、犬の生来の性格からしてかなりのストレスになると思います。(その意味で元支配人クーは実によくやったと改めて思います) その両方を克服するエネルギーはもう私にはない様に思います。そんな風に考えました。従って件のビラは今回はパスです。そもそもパピヨン様を飼うような柄でもありませんし。多分パピヨンですからもう里親が見つかっていることでしょう。
パピヨンにご興味のある方は電話をされてみてはいかがですか。


 






   近くの別荘のご婦人が、持ってきてくださいました。写真のようですが、実は陶板にクーの絵を描いてもそれを焼いたものです。もとにされたのはこのすぐ上にある写真ですが、本当によく描いてくださったと思います。実はその方は一度もクーに会われたことはなかったのですが、このアダージオ日記はよく御覧になられていたようで、当時支配人として時々登場したクーになんとなく愛着を持ってくださったようです。こんなにまでしていただいて、クーは本当に幸せな犬だったと改めて思いました。
 



2013年8月8日 訂正 そして犬のこと

前回7月26日にお伝えした「コバイケイソウ」は「バイケイソウ」の誤りでした。日記を上掲したすぐその日にお客様からご指摘のメールが来ました。図鑑で見てみるとご指摘の通りでした。霧ヶ峰にニッコウキスゲと一緒によく見るものですから、アダージオにあるのもてっきりコバイケイソウでそのできそこないだとばかり思っていました。このつまらない日記でも頻繁にチェックしてくださる方がいらっしゃると思うと頭が下がりますし、頑張って書かなければと元気づけられました。ちなみに、先日行かれたお客様の話では、ことしは霧ヶ峰ではコバイケイソウが結構綺麗であったとのことです。
朝日新聞の土曜版に「三谷幸喜のありふれた生活」と言うコラムがあります。先週土曜に氏は家族が増えたことを報告されています。一つは奥様をもらわれたこと、もう一つは三谷家に仔犬がやってきたこと。氏はこの2月に長年飼っていた「とんび」というラプラドールを亡くし大変悲しんでいました。その彼がもう一度犬を飼うことに決めた心の背景に興味がありました。要約すれば「自分がこれ以上悲しみ続けていると、一番つらいのは自分が落ち込んでいたときにいつも顔を舐めてくれていたのにもう舐めることができないとんびではないのか」ということのようです。自身もそのあと、「それはお前の勝手な言い訳だと言われるかもしれないけど、僕は犬を飼うことに決めた」と。
ご存知の方も多いと思いますが、私も昨年1月に19年いたクーを亡くしました。しばらくは量販店のペットショップも避けて通っていました。今はそこらを散歩で歩いている犬を見ると撫でてあげるほどです。やはり犬はいいですね。私はどんな言い訳を考えようかと65歳の誕生日の日に考えました。「クーに注いだのと同じ愛情を新しい犬に注ぐことで、肉体は亡くなっても私の中にクーがつながっていくのでは。」
気持はそうなんですが、実際に飼うにはまだ少し時間がかかりそうです。なんといってもクーくらいお客様との絶妙な距離感と関係を持てる犬はもういないと思います。三谷氏だってかなりの葛藤があったに違いない事でしょう。


 




コバイケイソウ
背丈は2m以上



花の拡大


茎から出ている葉は
食べられた



 



2013年7月26日 コバイケイソウ

まずはウイキペディアから。
 『コバイケイソウ(小梅蕙草、Veratrum stamineum)はユリ科シュロソウ属多年生の植物。中部地方以北、北海道に分布し、山地から亜高山の草地や湿地のような、比較的湿気の多いところに生える。 名前の由来は、花がに似ており、葉が蕙蘭に似ているため。』
さらにウイキペディアはこう続ける。
『・・・誤食すると
嘔吐や痙攣を起こし、血管拡張から血圧降下を経て、重篤な場合死に至る。若芽は山菜のオオバギボウシノカンゾウの若芽に似ており、誤食による食中毒が毎年のように発生しているため注意が必要』

アダージオの中を流れる小川のそばにコバイケイソウが一株だけあります。私たちがここに来た時からすでにあったので、少なくとも13年間一株で孤独な時間を過ごしていたことになります。しかもこのコバイケイソウ、毎年いいところまで行くのですが花を咲かすことなくいつのまにか枯れてしまっていました。それが、今年はなんと花が咲いているのではありませんか。私たちの知る限り初めての開花です。でも、ネットで検索されると写真が出てくると思いますが、本来は小さい花が集まって白くふさふさした様に見えるものなのですが、アダージオの花はご覧の通り貧相です。でも何とか咲いたので良しとしましょう。問題は葉です。下の写真の通り見事に葉がなくなっています。わずかに根元のあたりに残骸が見えるだけです。これはなんと鹿に食べられてしまったようです。上の説明をご覧の通り人間が誤って食べると嘔吐や痙攣を起こし死に至ることもあると。ではどうして鹿は大丈夫なのでしょうか。食べて苦しんで「もうあそこ行きたくない」と思わせるような効果を期待したいのですが・・・。あっ、また鹿対策の話になってしまいました。



 




アダージオの丘
夏姿


アダージオでは
もう赤とんぼが


アストランティア

朝の温度計15度
 



2013年7月19日 アダージオ近況

我を忘れて鹿の被害のことを続けていて、アダージオの最近の様子を書くことを忘れていました。お客様からアダージオの様子がさっぱりわからん、もっと近況をお知らせして集客努力をしなさい、とおしかりのお言葉をいただきました。もっともです。
本日のアダージオの朝の気温は15度。昼間のテラスの気温は21度。朝は少し肌寒いくらいでしたが、昼間は天国です。お客様がチェックインされるまでのひと時を半分うつらうつらしながら本を読んでいました。羨ましいような生活ですよね。でもそんな時期は夏の本のわずかな期間だけ。残りの大部分は暖かいところの皆様が羨ましいです。
鹿対策が一息ついたところで、庭を回ってみました。緑一面の夏の姿です。ほぼ庭一面に咲いていたマーガレットは終わりかけています。すでに花弁が落ちてしまった花に赤とんぼがとまっていました。じっとして動きません。何を考えているのでしょうか。
かみさんが大切に育てているアストランティアは、本来は鹿には食べられないとのことでしたが、しっかり食べられてしまい、花が咲いたのは一株だけでした。「アストランティア」の名前が耳慣れない方は検索をされますと、いろいろな色の写真が載っています。
しばらくえさを出していないので小鳥たちは時々様子見に来るだけです。今日もゴジューカラがやってきて「あれっ、まだないの?」というような顔をして帰って行きました。周りにはもっと美味しいものがあるでしょ!近くではキビタキの声がまだ聞かれます。
うん、アダージオの平和な時が流れていきます・・・・。

今や宿泊の予約はネットの予約サイトの時代です。アダージオは出していません。そのせいで(明確に)夏の予約は去年よりスローです。いつでも予約できるという便利さの裏腹で、夜中の2時ころに宿の予約をする人たちは、やはりアダージオのお客さんとはちょっと違うような気もします。そんなわけで予約サイトにはださないことにしました。
というわけで、八月はまだ空いている日がかなりあります。ちょっと静かで涼しいところに行ってみたいと思われる方は、お電話ください。


 




鹿よけネットの効果か、
久しぶりにアヤメが咲きました。



クレマチスはそろそろ終わりころ。

 



2013年7月3日 鹿対策の経済学
            
冷静に考えてみると・・・


引き続き鹿のお話で恐縮です。2011年の統計によりますと、全国で野生の鳥獣による農林業の被害額は約226億円だそうです。そのうち鹿による被害は83億円、長野県での鹿の被害は5~7億円。この数字を多いと見るか思ったよりは少ないとみるか・・・。
翻って、アダージオにおける鹿の被害はいくらになるのでしょうか。(ちなみに誰もアダージオに被害状況を聞いてこないから前述の数字にはアダージオの被害額は入っていないと確信します。)タラの芽、コシアブラ、など山菜類に対する被害は、金額になおすとそれぞれ1パックづつ、せいぜい1000円ちょっとくらいでしょうか。あとはニッコウキスゲ、アヤメ、ギボウシ、パンジーなどのお花への被害。これだって大したことはありません。
これに対して、実際に使ったお金はいくらでしょうか。まず。シカよけネット50メートルが3本。@1600円X3で4800円。この前の害獣除けタールが980円。材料費だけで6000円くらいかかっています。私の労賃は、どうせ暇ですから勘定には入れないことにします。
ということで、冷静に考えますと少なくとも金額だけの話ではあまり割りの良い仕事をしているとは言えないようです。勝手に入り込んで好きなだけ食べさせてやってもいいのではないか、とも思えます。でも、やはり、自分の家の庭で採れた山菜は、買ってきたパックに入ったのとは食べるときの気持が違います。買ってきて花瓶に入っている花より地面からすくっと伸びているアヤメに気高さを感じます。何かの縁でうちの庭に根をおろした植物たちは、護ってやらなければ・・・。
では、シカだって何かの縁でアダージオの丘に入り込んだともいえなくはないか・・・・。まあ、最後は動植物の中で一番強い人間が勝手な解釈で取り仕切ることになるのかなア。

 





ありました
害獣除けと書いてある箱が

(下の写真はヘビの嫌いな人は拡大しないでください)
よりによって写真まで(右上)

踏まれて壊れたメガネ。自分のドジを棚に上げて
シカを憎むとは・・・。


 



2013年6月24日 かくなるうえは・・・

ついにやられてしまいました。16日の日記の撮影時にはまだ大丈夫であったニッコウキスゲが、根元から食べられていました。どうも、シカよけのネットが少したるんだところから飛び越えて入ってきたようです。その横にあって今年久しぶりにもう少しで開花しかけていたアヤメともども。アヤメのほうは花の部分だけパクリと。周りを見渡しますと、ルドベキアも。
さっそくネットの外周を見回って、たるんでいるなど弱そうなところの補修をしました。よし、これで万全、と安心してしまうと前回との二の舞。今回はさらなる万全を期す必要があります。これはもう戦いです。
たまたま先日目にした量販店の新聞折り込み広告に「害獣よけタール」と書いてあったのを思い出しました。なんでも、動物の嫌うにおいのものを散布して寄せ付けないようにするのだと。さっそく買いに出かけました。売り場で「害獣よけ木タール」とある書いてある箱を手にとりました。モグラ、タヌキその他諸々と並んでちゃんとシカと書いてあります。ただ、他にちょっと気になる動物の名前も。私はそれは活字を見るのも嫌なのですが・・・。でも思い切って箱を手にしたのですが、箱のもう一面にはよりによってタヌキと並んでその動物の写真が載っているのではありませんか。見た瞬間に思わず落としそうになりました。それはなんと「ヘビ」です。(できればこの字も書きたくはないのですが、書かないと話が進みません。)確かに動物たちが嫌うにおいであるならヘビも嫌うことでしょう。でも、なんでよりによってあれの写真を載せるのですか。モグラなんかも列挙居されているのに写真はありません。でもここでひるんではならじと、意を決して買いました。帰りの車中で助手席に買った箱が置いてあるだけでなんとなくじわっと冷や汗が出てきそうです。こんなことならトランクに入れておくべきでした。使うときになんかその箱を開けると中からあれが出てくるような気もしました。
とにかく本日その害獣よけタールなるものをまきました。実際には、人間様にはそれほど嫌なにおいでもないと思いますが。
活字を見るのも嫌なヘビの写真におびえながら、自分はなぜこうまでむきになっているのか、と自責の念もややあります・・・。でもこれを読んだらお分りいただけるかも。ネットの補修の最中に、かけていた眼鏡を地面に落としてしまいました。あわてて探しているうちに、とほほ、自分で踏んづけてしまっていました。こちらのほうは買ったヨン様のメガネ屋で無料で治してくれましたが。私がここまでむきになるわけをわかっていただけましだ?・・・。

 



サクラソウ(左)と清水のそばのクリンソウ

総勢40数人の列
私の後ろは80歳の地元のおばあさん
少し遅れ気味ですが、信州人の探究心には脱帽


アダージオの丘のニッコウキスゲはまだ大丈夫
アダージオの庭ではつつじが満開
今年はことのほか鮮やかです。

 



2013年6月15日 霧ヶ峰古道ー黒曜石の道を歩く

地元のコミュニティー紙に表題の様な催しの案内が載っていましたので、このあたりの古道に少し興味があったので行って来ました。表題に惹かれただけで何の予備知識も持たないで出かけたのですが、面白かったです。
茅野市の北大塩地区に駒形遺跡という縄文時代の遺跡があります。道路工事の時に見つかった遺跡からは黒曜石の鏃(やじり)が文字通りザクザクと出て来たそうです。その出てきた黒曜石を分析しますと約80%が霧ヶ峰の八島湿原の近くの星ヶ台という場所の産出であることがわかったそうです。ですから星ヶ台から麓の駒形遺跡まで黒曜石の搬出ルートがあったであろうと推測し、それらしきルートを辿ろうというのが今回の催しの目的でした。
たどったルートのある山は北大塩地区の持山で、少し前までは山仕事や馬の餌にする草を刈にいわば生活の一部として人々は山に入っていたそうですが、今では馬もいないし山をみる後継者も少なくなり、以前はあった山道もかなり消えてしまっていました。それを、主催された「霧ヶ峰ガイド組合」の方々がほぼ3年かけて調査整備しておいて下さいました。お陰で総勢44名の老若男女(若はほとんどいませんでしたが)がスタート地点の霧ヶ峰から麓の駒形遺跡まで無事たどり着くことが出来ました。
途中には、日頃ほとんど人が入らない場所なので、今は珍しいサクラソウやクリンソウの自然の群生地もありました。ワラビもそこかしこに出ていました。中には山野草も黒曜石もそっちのけでワラビ採りに夢中になる人も出てくるほど。
考えてみると、学生時代の山岳部の合宿でさえ多くてせいぜい10人位。40何人で山を歩くなんて、生まれて初めての体験でした。でも、一番困ったのは何名かがザックに鈴をつけておられて、当然歩くと常にその鈴がリンリン鳴るのが気になって仕方がありませんでした。なるべくそういう人から遠いところを歩くようにしたのですが、なんか妙なところに気を使った一日でもありました。やはり私は集団で山を歩くのには向いていないと、思いました。
さて、ここからが本来の参加による収穫。縄文時代ですからもちろん鏃にされた黒曜石は物々交換されていたことでしょう。(遠く青森県の三内丸山遺跡からも霧ヶ峰産の黒曜石が見つかっているそうです。)黒曜石が交換された品物の一つが塩であったと推測されています。駒形遺跡のある場所が、山の中の茅野市のそのまた山に入っていったところなのに北大
という地名であるのも、納得がいくところです。

 




元タラの芽

元コシアブラ

このまま鹿に食べられないで
花を咲かせてくれ
ニッコウキスゲ

 



2013年5月31日 『万全の備え』とはいかなかった

鹿よけのネットを張ってから少し出かけておりました。あれだけきちんと張ったのだからもう万全と思って鹿の心配はしていませんでした。実は一部ゆるめの防護体制をとった場所があり一抹の不安はなきにしもあらずでしたが。帰ってきてから庭をひと回りしてみると、その一抹の不安が現実のものになってしまいました。樹を大きくしようと今年は目をつまないでおいたタラの芽と瀕死から回復したコシアブラが、見事に食べられているではありませんか。踏み跡をたどって行くと、やはりゆるめの防護体制の地点から侵入して来ているようです。そこは実は前回5月23日の日記で紹介したユキヤナギのあたりです。ここはいわばアダージオの正面に当たる部分で、このような場所を無粋なネットで汚したくないとの思いが働いていました。ものの見事にそこを突かれました。
という訳で背に腹は代えられません、そのあたりもしっかりとネットを張ることにしました。一方、毎年被害が甚大で、ニッコウキスゲやマツムシソウなど芽が出るさきから鹿に食べられてほぼ壊滅状態であった向かって左の丘の部分は、道路沿いにしっかりとネットを張ったお陰で、侵入の形跡はありませんでした。そこではかろうじて目を出しているニッコウキスゲがしっかりと育っていました。
ただ、「う~ん、山に住んでいてここまでやるのかな~」という思いも若干あります。


 



道にそって張られたネット
冬の間に鹿に皮を食べられた
姿も痛々しいカラマツ(右)


橋の上の柵


食べごろのタラの芽


回復したコシアブラ

 



2013年5月23日 万全の備え

暖かくなってきますと俄然外での仕事が増えてきます。その分、この日記で皆さんにお知らせする事も増えてきます。
今年も鹿よけのネットを張りました。例年より早いと思います。まだ新緑が萌えきっていないのでネットが若干景観を汚すことになりますが、そこは背に腹は代えられません。今年は二人でやりました。一人が引っ張りながらもう一人は途中の木(ほとんどはドウダンツツジ)の小枝にネットを結びつけます。そうすると少しはピント張って、でれっとするよりは多少見た目も良くなります。量販店で買ってきた一巻き50メートルのネットをを3本使いました。これでほぼ入って来そうなところは抑えたつもりです。あとは駐車場から橋を渡ってのアプローチですが、これは夜間橋の上に可動式の柵を置いて通せんぼをします。去年は一人でやったのでところどころたるみもあり、鹿さんたちがその気になれば楽に乗り越えられそうな仕上がりでした。まあ、言ってみれば、「入られると困ります」というようなこちらの不快感が伝われば十分程度のものでした。今年は違います。こっちの気合も十分に伝わるような出来栄えです。お陰様で数少ないタラの芽も、鹿に皮を剥がれて瀕死状態から回復したコシアブラも、無事食べ頃を迎えることが出来ました。

街灯の下のモクレンが年ごとに花の数が増えてきています。我々がここに来る前からあったようですが、はじめの数年はまったく花が咲きませんでした。今は写真のとおりです。嬉しいですね。


             モクレンとユキヤナギ


 




よく見ると去年と同じかな・・・

シメのその後
5月18日現在、1羽だけ残っています。
いったいどうするのかと気をもんでいます。




2013年5月18日 山桜満開

ようやくアダージオの桜も満開になりました。と言うよりこの日記を少しサボっている間に少し散り始めました。昨夜お泊りのお客様は車の窓を少し開けたままにされていましたが、隙間から桜の花びらが車内のシートの上に散っていました。昨年もほぼ同じ頃に満開になりました。
昨年の写真と比べて見ました。桜はほぼ同じ時期に満開になっているのですが、周りの樹々の新緑の萌え方が昨年のほうが進んでいるような気がします。このように、季節はそれぞれ巡ってきますが、同じ春は春でも毎年違いますね。
タラの芽がようやくアダージオ付近で食べ頃になりました。とは言いましてもタラの芽がめっきり少なくなりました。原因は鹿です。鹿もタラの芽が好物なようで、そこら中のたらの芽を片っ端から食べてしまいました。という訳で、頑張ってその日にお客様にお出しするぶんをゲットするのがやっとです。
以前は、「鹿はけしからんから駆除すべきだ」と言う人をけしからんと思っていましたが、鹿の被害がこうも身近に起こってくると、なんとかしないといかんと少し思うようになりました。身勝手なもんです。でもやっぱり「もともとあの方達の世界に私達がおじゃましているのだから」と思ってここで暮らしています。

 




シメ


イカル(右)と並ぶシメ


正面が鹿島槍の双耳峰
左が爺ヶ岳

右奥は五龍岳

 



2013年5月13日 まだいる「シメ」

ようやくアダージオでも暖かくなりました。今日は寒暖計でも25度を超えていました。真夏でも25度を超える日はめったにありません。そのせいでもないのですが、しばらく冬眠状態であったこの日記も、久しぶりに更新させて頂きます。
冬の間アダージオの餌台にやって来て楽しませてくれたハギマシコを始めとする冬鳥たちも4月初めにはほとんどが北に帰って行きました。ところが、どうしたわけか
「シメ」だけはまだ残っています。冬の間はイカル(これは一年中いる留鳥)の群れに混じって行動していますが、例年4月中旬ころには突然いなくなります。今年はどうしたわけかゴールデンウイークの始めころでも未だ10羽位は残っていました。最近では数は4-5羽に減ったものの、今朝もしっかりイカルたちと一緒にやって来ました。周りではもうオオルリ、キビタキ、アカハラ達の声も聴かれるというのに。もっとも、あたりはようやく芽吹き始めて食べるものも色々あるようで、アダージオの餌台には長居はしませんが。数が減っているということは、個体差はあれ北に帰ることを忘れてしまった訳では無さそうなので、この数日の暑さでようやく重い腰を上げてくれるだろうと、寂しさも混じった複雑な心境でウオッチしております。


日曜日に、45年前に大学山岳部で一緒に合宿中に鹿島槍ヶ岳で滑落死した友人の45周忌として仲間たちと大町市の大谷原と言うところに行って来ました。帰りにその鹿島槍がよく見える場所にも寄って来ました。土曜の雨の後の絶好の快晴に恵まれて、鹿島槍ばかりでなく爺ヶ岳もよく見えました。鹿島槍と爺が岳をこの角度からしっかりと見たのは初めてで、あまりにも美しいので、蓼科からは少々遠いのですが、皆様にも見ていただきたいと思ってここに載せました。時代も人も街も随分と変わったと思いますが、山は45年前と変わりません。
撮影場所は、大糸線簗場駅からサンアルピナ鹿島槍スキー場に登って行き、そこから
小黒林道をしばらく上ったあたりです。
 



小仏峠

ここには茶店(売店)もあった
シーズンには開店する

人の多いJR高尾駅

 



2013年4月5日 宝くじに当たれ!
               二度あることは三度・・


甲州道中歩きも先日小仏峠を越えて神奈川県から東京都に入りました。このあたりでは、中央道は小仏トンネル(上り線は全長約2000米)で、国道20号は少し南側の大垂水峠(標高392米)を越えています。従って神奈川県側はほとんど車道に煩わされること無く峠まで昔の道(と思わしき道)を辿ります。と言うより、この道は高尾から高尾山を越えて相模湖まで下るハイキングコースの一部になっており、その日もそれらしき人たちに良く会いました。そういえば私達も子供達が小さい時にこのコースを高尾から歩いたことを思い出しました。さて、いよいよ東京入りかとたどり着いた小仏峠は、高尾山から陣場山への縦走路との交差点にあたることもあり、大層な賑やかさでありました。今を流行りのショートパンツにタイツという山ガールの散見され、シーズン初めで売店こそまだオープンしていませんでしたが、同じ場所に会って目的の違う自分の居心地の悪さに、ようやく東京都まで来たと言う感慨もそこそこに山道を下ったものです。峠の東京都側は15分も歩けば車道に出て、しばらくすると高尾行きのバス停があり、そこからはもう住宅街となり、長野県、山梨県、神奈川県とはるけきも歩いてきた感慨は完全に後ろに残して、八王子駅まで車の行き交う国道20号の甲州街道をただ歩きました。
さて、その日も八王子から茅野の自宅まで帰ったのですが、なんと自宅の近くで運転していた車が鹿にぶつかってしまいました。もう暗かったのですが、文字通り車に飛び込んで来た様な感じでした。幸い私に怪我は無く、ぶつかってきた鹿もしばらく道の上で足をバタバタしてもがいて(多分痛がって)いたのですが、しばらくして立ち上がって暗闇に去って行きました。
実はこの話には続きがありまして、ぶつけられた車を修理に出して、その間乗るために代車を出してくれたのですが、その代車も、今度は朝ですが、やはり家の近くでまた鹿にぶつかってしまいました。これまで13年間ここに住んでいて一度もそんなことに遭遇はしなかったのに、1周間の間に2度も当たってしまいました。「二度あることは三度」といいます。今度は何に当たるのかと少々心配です。いっその事三度目は宝くじにあたって欲しいと、今度は買ってみようと思いました。皆さんご存知でしたか?自動車保険では鹿などの動物にぶつかった場合は自損事故の扱いになり保険の等級が下がって以後の保険料が高くなります。見事三度目の正直で当たって少しでも損害を取り戻したいと、ささやかなドリームを持って気合を入れて今度のジャンボ宝くじを買います。


 



思わずそちらに行きそうになるトンネル道


峠はこちら。
向こう側が甲斐の国


あまり風情のない標識


 


2013年3月18日 笹子峠を越える

月に入ってからの暖かさで、アダージオ近辺の雪もかなり溶けて地面も出始めてきました。「春の来ない冬はない」とはよく言ったものです。何ヶ月かぶりに小川のせせらぎの音も聞こえるようになりました。もっとも雪の下から顔を出したといっても、まだまだ凍っています。草花の目がゴソゴソ動き出して顔を出してくるまでにはまだ数週間かかります。
さてこの陽気につられて、甲州街道歩きも前回は藤野駅まで進みました。藤野はもう神奈川県です。「ここから神奈川県」の標識を見た時には、「はるけきも来たわい」と感じたものです。ここまでのハイライトは何と言っても笹子峠越えです。笹子といえば昨年中央道の笹子トンネルの天井が崩落して何人かの命が失われた痛ましい事故の記憶もまだ冷めません。笹子峠(標高1096米)はその上にあり、1938年(昭和13年)に直下にトンネル(わずか240米)ができるまでは人馬はこの峠を超えて行き来していました。現在はもっと標高の低いところに国道20号と件の中央道のトンネル(約4780米が出来たので、道も国道から県道に格下げになり峠直下のトンネルはめったに使う人がいません。まして私が行ったときは車は途中から冬期通行止めでした。
甲斐大和駅から歩き始めて2時間弱、古甲州街道と思しき道が直登的に高度を稼いで、大きくカーブしながらゆっくり高度を稼いできたその県道に出た途端、トンネルの入り口がすぐ目の前にありました。2時間も急勾配を登り登り続けてきた体には、数百米の平らな道を歩けば向こうに行けるというのはかなりの誘惑でした。まして車の来る心配もないし。でも、初志貫徹。もっとも、せいぜい250メートルほどの長さのトンネルの上ならそう高いところに峠があるわけではないだろうという計算もありました。
その通り、笹子峠はすぐ上という感じのところにありました。峠は、「これが甲州街道一番の難所の笹子峠なの?」と思わせるような拍子抜けする佇まい。なんかどこにもあるような切り通しで、これでは一服の休憩の峠の茶店もなかったのではといらぬ心配。今はあまり風情を感じさせない標識が立っているだけでした。
というわけで、勇んで挑戦した割にはいささか拍子抜けの笹子峠でしたが、麓の笹子には峠越えする旅人の元気づけの笹子餅(みどり屋)が今も健在でした。学生時代に山に行く中央線の車内で、首から箱を下げたお兄さんが売っていたものです。家への土産とは別に数個買い求めて、峠越えのご褒美として道々頬張りながら大月まで歩きました。

 



夏にはお客様が朝食を摂られるテラスも
この通りの雪です。

雪の中のカケス

シメ
(お客様の飯田からお越しのM様撮影)




2013年2月16日 雪の多い冬

この冬は例年に無く寒いということは幾度となくこの欄に書かせて頂きました。同時に雪も多いです。と言うことは本当に厳しい冬であるということです。蓼科は分水嶺の太平洋側、つまり表日本の気候区に属しており、雪が降るのは冬型の気圧配置よりは、東京などに雪が降る、低気圧が太平洋沿岸を進む気圧配置の時です。この冬は東京でも何度か雪が降りました。その度に蓼科でも雪が降ります。昨日も雪が降りました。アダージオのある東急リゾートタウンは管理が行き届いており、いつもなら降雪の最中から除雪車が出て雪かきをしてくれるのですが、昨日はそれも間に合わない程の降りでした。出かけて帰りに、四駆でない私の車は危うく途中で立ち往生する一歩手前でした。こんなに厳しい冬は私達がこちらに越して来た2000年ー2001年の冬以来だと思います。エンジン式の除雪機もまだないあの冬、かみさんと二人でスコップで連日駐車場の雪かきをしたものです。「掘って~、掘って~・・・」の炭坑節が思わず口をついて出てきたのを思い出しました。今は除雪機があるので雪かきに関しては問題ありません。問題は、あれから13年、こちらも歳をとって寒さに弱くなったことでしょうか・・・。
冬鳥の状況は相変わらずです。ハギマシコはワイワイガヤガヤ状態。カケスは4-5羽が毎朝やってきます。ここに来てアトリが増えました。1月中は数羽が時々やって来るだけでしたが、今朝などは20羽近くが群れてきました。北に帰る頃が近づくと群れる習性があると聞きましたが、春はもうすぐ近くまで来ているのでしょうか。マヒワ、メジロ等、ほかでは珍しくないでしょうがアダージオでは珍しいのも時々顔を出します。
飯田市からお越しのM様が送ってくださったシメの写真を許可を得て載せさせて頂きます。Mさんはこのように瞬間を撮るのが得意ですね。同じ長野県内ですが、飯田と蓼科は鳥も違うようです。近くなのに毎年来てくださいます。

 



さいたま市のH様撮影の
ハギマシコ

ちょっと遊んでみました。キャップの上の窪みに餌を入れて外に立ちました。毎朝真っ先にやってくるヒガラが、まったくためらいもなくとまりました。それをお客様に撮してもらいました。
 


2013年1月24日 歩くということ(その2)

「日記」と言いながらあまり日記らしいことは書いていませんが、行きがかりで前回の話を続けます。
諏訪湖一周歩きにクーが付き合ってくれた話をしました。あの小さな体で16キロも歩いたのです。結構しんどかったのではないかな。その証拠に帰りの車の中ではグーグー寝てました。多分私が歩くからついてきただけのことでしょう。
甲府まで歩く途中に考えました。武田信玄について甲府からアダージオ付近まで2日で歩かされた家来の足軽雑兵達は、とにかく駆りだされたからついてきただけで、当然拒むことは出来なかったことでしょう。なんだか主人に付き合って体力の限界近くまで歩かされる犬と、境遇は似ていませんか。むしろ、最近の甘やかされた犬はこれ以上歩きたくなくなったら足を踏ん張って歩かなくなる犬もあるとも聞きました。そうなると、断れないだけ足軽たちはもう犬以下の扱いではないのか。奴隷の様な扱いだった事でしょう。NHKの大河ドラマでは見えませんが、展開されるドラマの裏には多数の奴隷の生活があったのだと、私は思いました。

歩くということは一義的には健康に良い事ですが、歩きながらいろいろなことを考えます。つまり頭もそれなりに動かしています。ただ、私の場合は前向きではないような、過去の(あまり良くなかった)こととか、上記のようなこととか、つまりネガティブな思考が多いです。これは精神衛生上は良くないですねェ。

でも、いずれにしましても誰にも強制されないで気の向くままに自分のペースで歩くことが出来る時代に生きていることの幸せと、歩くことができる自分の健康に、感謝しながら歩いています。


 



本日は雪が振りました


本来は鳥達のための筒にしがみつくリス


本来の姿



 



2013年1月18日 歩くということ(その1)

前回は諏訪湖を歩いた話をしました。この所歩いています。どうせ歩くなら何か目標を持って歩いたほうが励みになると思い、甲州街道を通って東京を目指そうと思いました。いっぺんにずっと歩くのではなく、時々天気の良い日に思い立って出かけるようなペースでやろうと思っています。
というわけで、これまで甲府まで行きました。第1回めは茅野から小淵沢まで。第2回めは小淵沢から韮崎まで。第3回めは少し短くて(それでも14キロ強ありますが)韮崎から甲府まで。茅野から甲府まで2日半かかった勘定になります。大体時速5キロくらいで、へとへとになるほどでもなくちょうど気持ちのよい疲れ具合です。
さて、甲府といえば風林火山の武田信玄です。歴史書によれば、武田信玄が上杉謙信との川中島の戦いに出向く時、甲府からアダージオの近くの大門峠を越えて行ったとされています。今は国道152号線が走っていますが、通称大門街道とも呼ばれています。その大門峠のふもと、すなわち茅野付近まで信玄一行は2日で来たと言われています。これは実際に歩いた感覚からすると時速6-7キロ位のペースではなかったかと思います。しかも、実は私はこちらから甲府に向かったのですが、それは茅野の標高1000メートル弱から標高300メートルに下っていったのです。信玄一行は逆に登ってきたのです。これを2日で踏破するのはかなり大変だったと思われます。いえ、信玄が大変だっとは言いません。彼は馬に乗っていたのですからせいぜい尻の皮の心配をすればよかったのです。問題は兵隊たち、すなわち足軽雑兵連中です。今ほど栄養のある食べ物を食べていなかった時代に、馬上の幹部の後をヤリとか刀を担いだりしながら早足でついて行かなければならなかったのですから。私はその都度電車で帰って来て家で美味しいものを食べて風呂に入って温かい布団で寝て、必ずしも翌日再び歩き始める必要もなかった。当時の足軽雑兵達はろくなも食べ物も支給されないで寒さに震えて野宿したのでしょう。いったい何を考えながらついてきたのだろうか。
(この続きは次回にします。)このあと私の東京行は甲州街道の笹子峠(1096㍍)を越えます。甲府からかなり登ることになります。笹子トンネルを通るとそんなに高く登ることはありませんが、天井が落ちると危ないのでトンネルのない昔の峠を越える予定です。

 




晴れた日の夕方の八ヶ岳
正面奥が主峰赤岳


凍った湖の上で休む
コハクチョウ達。


諏訪湖は一周16キロ。

下に、一周歩くとおにぎり4個分のカロリー消費だと書いてあります。休憩の時の大福などそれ以上を摂った様な気がする。


 



2013年1月8日 謹賀新年  御神渡り

明けましておめでとうございます。と言いましても世間では既にお仕事モードですね。暮れから元旦までお休させて頂いたあと、お客様が続いたので、アダージオではようやくおやすみモードになりました。というわけで日記も更新し、体も少し鈍ってきていたので今日は久しぶりに諏訪湖一周してきました。一周は公称では16キロということです。もちろんピッタリ16キロということはないのでしょうが、どこにもそう書いてあります。そういえばそれ以外の数字を見たことはありません。
例年に無く寒くなるのが早いこの冬は、やはり諏訪湖が凍るのも早いようです。湖岸に近いあたりはほぼ全域にわたって凍結していました。真ん中のあたりの凍結はまだこれからですが、これが凍結するといよいよ御神渡りとなります。御神渡りを司る諏訪の八劔神社(やつるぎ)の氏子の方達が毎日氷の厚さを計っているようで、今朝は凍結している部分は4-5センチの厚さであったとの事です。暖冬続きの最近は御神渡りがなかなか現れず、昨年は無理して瞬間的に数日間出現させたようですが、今年はこのままで行くと久しぶりに本格的な御神渡りが見れそうです。帰りに立ち寄った車の販売店のセールスの人に氷の状態をお話したら、嬉しそうに「今年は拝めそうですね」と言われました。諏訪で生まれ育った人にとっては御神渡りは特別の思いがあるようで、出現は嬉しいものなのでしょう。
実は諏訪湖を一周歩くのは随分久しぶりでした。以前は元支配人(クー)とちょくちょく歩いたものでしたが、亡くなってからというもの、車で湖畔を通ることは頻繁にあっても、なんとなく歩く気持ちになれませんでした。今になって思えば、あの小さな体でよく16キロもついて来たものだと思いながら歩きました。早いものでもうすぐ一年です。

アダージオから少し下だった田んぼの中の樹にヒレンジャクが来ていました。
今年は全国的に沢山来ているようですが、ここらでは珍しいので写真に撮りました。400ミリで少し拡大してこの程度です。デジスコだと良かった。残念

 




ワイワイガヤガヤの
ハギマシコ


アカウソも時々来ます


マイナス12度の中で
元気なハギマシコ


デジスコ講習会の様子

 



2012年12月29日 いろんなことがありました

日お泊りの2組のお客様から「日記がしばらく更新されていませんね」と言われました。体調でも崩しているのではないかと心配されたとか。そういえば一組のお客様は、予約の時に「まだやってますか」と聞かれました。朝日新聞の記事を紹介する時に「そろそろ潮時かと・・・・」なんて書いたものですから、日記が更新されていないのでもうやめたのかとも思ったと。どうもご心配おかけしました。というわけで早速その日のうちに更新をすることにしました。

思いがけず朝日新聞に取り上げてもらったおかげで、秋も例年以上のお客様に来て頂きました。その反動で11月半ばになり少しスローペースになった途端に、これまで溜まっていたことを堰を切ったようにやり始めたわけです。まあ、これが更新が滞っていた一番大きな理由です。
11月半ばにはハギマシコがやって来ました。それまでは大群でやって来ていたのが、昨年は数日に数羽がちょっと立ち寄るという大異変。それが今年は早くも大集団で帰ってきてくれました。しかも日に何回も。餌代も馬鹿になりませんが、遠くから来てくれていると思うと、これくらいはおもてなしをしないと。そのせいか、オオマシコは来ません。もともとハギマシコとは相性が合わないようで、来るとしてもハギマシコの集団が立ち去ったあとにサッと下りてきたものです。それが、こんなに早い時期からハギの大集団に占拠されたのですから、どこかに河岸を変えたのではないかと思っています。海外の観光地で大集団の日本人ツアーを少し離れて不快そうに眺めている日本人の旅慣れた旅行者みたいですね、オオマシコさんは。

今年もクリスマスにはターキーを焼きました。今年はそれにあわせて恒例のデジスコドットコム社主催のデジスコ講習会も開催されました。暖かいのが良い方はガラス越しですがラウンジから、寒くてもガラス越しでないほうが良い方は2階の角の部屋から。皆さんそれなりに講習の成果はあったようです。普段は静かなアダージオもこの日は比較的賑やかでした。
今年は例年になく12月にしては寒さが厳しく、最低気温がマイナス10度を下回る日が何日も続きました。一部客室の給湯管が凍結してご迷惑をお掛けしたお客様もいらっしゃいます。私も何度か破損した管を修繕しました。もう慣れたものです。
朝日新聞のお陰で少し儲けさせて頂きました。本当に思いがけないことでしたので、儲けの一部を朝日新聞を通じて東日本大震災の義援金として寄付をさせて頂きました。
というわけで、結構いろんなことがありました。この日記をご贔屓にしてくださっている方もそれなりにいらっしゃいますので、ご心配をお掛けするのは本意ではありません。これからはもう少し更新の頻度をあげていこうと、若干の反省も込めて、今日の今日で更新しました。今年一年ご愛読ありがとうございました。来年も宜しく御願いたします。良いお年をお迎え下さい。

 



ゴジュウカラの勇姿

紅葉の中のイカル
 


2012年11月6日 「勇姿」

先日は我がアダージオにやってくる鳥達が、餌を食べるために手の上に乗るという、野鳥達にとってはやや不本意な姿をお見せしました。というわけで、彼らの名誉のために本日は彼らの勇姿を御覧ください。通常はこんな姿ですから。
いずれも紅葉の中で凛々しく毅然として野鳥らしく振る舞っております。特にゴジュウカラは正直言いまして、まさか手に乗ってくるとは思ってもいませんでした。左の写真を御覧ください。なんと凛々しいことか。樹の上で下向きにとまったり走ったりするのはこのゴジュウカラだけだという説もあるくらいです。手のひらに乗った時の足の感覚はこのゴジュウカラが一番鋭く、その足でしっかりと樹を掴んで下向きに走るのがよくわかりました。
イカルは普段から警戒心が強く、は家の中で人が動いただけでも飛んでいってしまうくらいでした。今はそれほどでもなくなりましたが、手のひらはおろか近くにも寄りません。
ということで、今年の蓼科の短い秋も終わろうとしてます。八ヶ岳の稜線には既に白いものが見えます。冬はすぐそこまで来ています。新聞にはスタッドレスタイヤの折込広告が入り始めました。



アダージオ付近からの
八ヶ岳山麓


 




最初に来たヤマガラ


コガラが食べているそばでヤマガラがホバリングしながら待っている


さすがに、格好の良いゴジュウカラは簡単には来ませんでした


おまけ>
ヤマガラの腋の下をお見せします。

 



2012年10月23日 鳥の性格

今日はちょっと仰々しいタイトルですが、実は野鳥への給餌に反対する人たちからはひんしゅくを買いそうなお話を・・・。
毎朝餌台にエサを出します。今のところはヒマワリの種です。(冬になると粟稗も出しますが。)餌の入った缶を持って餌台に近づきますと、カラ達がすぐ上の枝まで集まってきます。中には待ちきれなくて、まだ私がそこにいるのに早速餌台まで下りてくる連中もいます。野鳥のくせにほとんど人を怖がっている様子がありません。前はそうではなかったのにだんだん距離が狭まっているような気がします。確かに毎朝餌を出すのは私ですので、もしかしたら鳥たちは私のことが判っているのではないかと思いました。「いつも飯を出してくれるおじさん」くらいに思っているのでしょうか。そこで長年考えていたことをやって見ることにしました。『はたして鳥たちは私の手から直接エサを食べるかどうか。』某月某日実行の運びとなりました。一応証拠写真にと、右手のヒラにエサのひまわりの種を乗せ、左手にデジカメを持ってシャッターを切りました。(私は左利きなので微妙な作業は左手でないとできません)実験は昼行うことにしました。朝ですと、鳥たちもお腹が空いているので、なんだか相手の窮地に乗じたようで実験の結果も正確でなくなる恐れがあります。昼ですとある程度腹もふくれているので、公正です。
さて、いざ実験です。しばらくは鳥たちは何が起こったのだろうと頭上の枝の上から見守っていました。それから、近くまで飛んで来ました。でも近くまで来ても空中でホバリングしてUターンします。ようやく1羽が手の横に着地しました。ヤマガラです。ヤマガラはご存じの方もいらっしゃると思いますが、昔、仕込んで鳥かごの中で10円をやるとお宮からおみくじを持ってくるという芸をするくらい人にはなつく種類のようです。と言うわけで、やはりヤマガラが最初に手のひらに乗りました。それから、しばらくはヤマガラ達の独壇場でしたが、そのうちそれを見てほかのカラ達も寄ってくるようになりました。ヤマガラの次がコガラ。その次が、写真にはありませんがヒガラでした。ヒガラは重さがヤマガラの半分くらいしかありませんでした。ゴジュウカラが来るまでには少し時間がかかりました。
意外に慎重なのがシジュウカラ。カラ達の中では一番目立つのでそれほど時間を置かないでも手のひらに乗るのかと思いきや、まだ一度も乗りません。
以上がカラ類の話。それ以外では、ウソがヤマガラの次くらいに乗りました。それも例によってご夫婦で。カラ達はエサをくわえるとすぐに近くの枝に飛んでいってそこで食べるのですが、ウソは居座って食べます。私の手でも同様でした。乗っていらっしゃる間は身動きが取れないので少々大変でしたが。カワラヒワは枝の上で見ているだけで、寄って来ませんでした。
このように、鳥の種類によって人に近づく度合いがそれぞれ違うものだということがよくわかりました。同時に、同じ種類でも勇敢(向こう見ず)なのと、慎重(臆病)なのもいるということもわかりました。人間と同じです。


野鳥への給餌に反対する意見の一つに、「野鳥が食べ物を与えられることに慣れてしまって、本来持っている食べ物を探す能力が削がれてしまう」という説がありますが、長年付き合っていますとそれは人間からみた勝手な解釈のような気がします。しばらく出かけていてエサを出さないでいて、帰ってから出すと、しばらくは来ませんし、続けて出していても来る時と来ない時もあります。鳥たちのほうがよほどしたたかのような気がしますが。
 




今はウルシが紅葉しています。
ほかの紅葉はこれからです。

例年だとほかに先駆けて紅葉するツタウルシが
ようやく紅葉しました。今年はやはり遅れています。


アダージオの丘の桜の紅葉も進んでいます。
下の9月29日の写真と比べて下さい。



 



2012年10月7日 ハイケンスのセレナーデ

「ハイケンスのセレナーデ」と聞いてすぐに曲が浮かぶ方はそれほど沢山はいらっしゃらないかもしれません。でも、実際に曲をお聴きになったら「ああそれなら聴いたことがある」とおっしゃる方は結構いらっしゃいますよね。私も好きな曲の一つです。まず聴いてみて下さい。http://www.youtube.com/watch?v=RCnkMhSUc6Y へのリンク
今日は少し照れくさい告白を致します。
私は鉄道好きのいわゆる「テツちゃん」です。テツちゃんも色々とカテゴライズされているようで、私などはさしずめ乗るのが好きな「乗りテツ」というのでしょうか。他にも写真を撮る「撮りテツ」、録音の「録りテツ」、駅の好きな「駅テツ」等々。「ママテツ」というのもあるそうです。JRの優等列車(特急急行等)に乗りますと案内放送の前に音楽が流れますね。先日乗った東海道新幹線では「いい日旅立ち」の一節が流れていました。JRが国鉄だった頃から優等列車のその音楽はオルゴールで「タララララララ、タラタララッ、チャン!」と言う曲が流れていました。多分殆どの方がその「タラララ・・・」とはなんのことかお分かりにならないでしょうから、実物をお聴きください。

http://www.youtube.com/watch?v=glEiLZIe3I8 へのリンク
これです。今はほんの一部の列車にしか使われていませんから、ほとんど絶滅寸前です。でも聴いたら「そうそう」と思い出されたことでしょう。それとともに、昔の汽車旅に一緒に行った嬉しいこと悲しいことも・・・・。
さて、ここからが私の恥ずかしい告白です。乗りテツの私は当然のことながら、かつてはこの今や絶滅危惧種のタラララを何度も何度も聞いていました。でも、それと「ハイケンスのセレナーデ」とは、先日ある本を読んでいてそのことの記述に出会うまで、全く結びつきませんでした。
このハイケンスの曲は戦争中の1943年にNHKのラジオ番組「前線へ送る夕」(ぜんせんへおくるゆうべ)のテーマ曲として使われました。前線で戦う日本の兵隊さんに向けた放送だったそうです。
私の父は、音楽というものに対してはほとんど拒絶反応をするくらい、全く音楽に縁のない人生を送りました。その父が一度だけ流れてくる音楽にじっと耳を傾けていた事がありました。それが、このハイケンスのセレナーデでした。おそらく父はこの曲を聴きながら厳しい戦争に従軍していた頃のことを思い出していたことでしょう。従軍中のこともその後のシベリア抑留のことも、ほとんど何も話してくれなかった父ですが、同じように汽車旅行が好きだったので何度も何度も列車内でこのメロディーは聴いたことでしょう。そしてそのたびに自分の胸のうちに秘めていた戦争中の思い出を蘇らせていたのではないかと、思いました。不肖の息子は還暦を過ぎてからようやく「ハイケンスのセレナーデ」と列車内のチャイムが結びつきました。優しい良い曲ですね。
蓼科では秋が深まりつつあります。

 



アダージオの丘の桜の木も
外側が色づいて来ました。


トリカブト

チョウセンゴミシ(五味子)
読んで字のごとく
五つの味のする
五味子酒ができます。

 



2012年9月28日 秋の便り

ここ数日でようやく寒くなりました。はい、アダージオでも気温は例年より高めでした。とは言っても、下界の皆様が残暑でへとへとになっていらっしゃる頃、アダージオでは本当に快適な初秋を過ごさせて頂きました。そして、このところ朝は10度を切り、ようやく薪ストーブに火を入れる時期ことになりました。7月初めに十分に手入れをし、煙突も掃除をしておいたお陰で、快適に燃えています。実はこの時期薪ストーブが快適に燃えるということは若干の問題もあります。というのは、薪ストーブの場合、温度の調整はあまり感度良くはできません。しかも重さ約200キロの物体が一旦暖まると、なかなか温度は下がりません。かと言って、何も焚かないと寒い。というわけで、この時期は温度の調整は部屋の戸を開け閉めしたり、人間が着ているものを一枚脱いだりしてしのいでいます。やや本末転倒の感もありますが・・・。
春の新緑は、無彩色の冬枯れが日に日に緑に染まっていくものですから毎日のように変化に気が付きます。紅葉はひと月くらいかけてじわじわと色が変わっていくものですから、そこに住んでいて毎日見慣れている私たちは日々の変化にはなかなか気が付かないものです。「えらく家の中が明るくなったなあ」と改めて見ますと、外は紅葉で染まっていました。ご主人の肝臓が悪くて黄疸が出ているのに家族は気が付かなくて、お医者さんに行って初めてわかったみたいなものでしょうか。(あまり例えが良くなかったかなぁ)
そう思ってアダージオの周りをカメラを持ってひと回りしました。着々と秋は進んでいます。アダージオ付近の紅葉の時期は例年ですと10月15日頃です。今年はどんな紅葉になるか楽しみです。
 



架け替え前の”危ない橋”


解体が始まる

4,体育教師が渡った橋


写真5

6,祝福の雨
1日目の終わりはこんな様子。

完成!高級料亭に続く道、に見える?
 



2012年9月20日 橋を架け替える

朝日新聞のお陰でいつもよりは少しだけ忙しかった夏も終わり、一息つきました。一息つくと、すぐに懸案事項が待っています。例年ですと最優先は来年の冬に備えての薪作りの第一歩として、原木をチェーンソウで薪の長さの丸太に切る”玉切り”の仕事にとりかかるのですが、今年は7月末の局地的な豪雨で陥没したアダージオの入り口にある橋の修復の仕事が最優先です。もともとこの橋は、アダージオを開業して初めての冬を越した2001年3月に架け替えたものです。寒い中で鼻をすすりながら一人で工事したことを思い出します。硬い栗の木を使っているとはいえ、何も防腐・防虫対策を施していないので、見た目にもかなりガタが来ていました。お客様にもかなり”危ない橋”を渡ってもらっていたとも言えます。豪雨の直後の7月30日付の「日記」の写真の通り、今でこそ思えば整備された登山道のほうがよっぽどしっかりしているように見える有様でした。
さて、橋の架替といえば、お役所仕事ではすぐ脇に立派な仮設の橋を架けて迂回路を作ってから本体工事にとりかかるようなのですが、こちらは超零細家内事業、そう悠長なわけには行きません。お客様のない日を見計らって、しかもチェックアウトから翌日のチェックインの時間までに、古い橋を壊してから、少なくとも安全に渡れるようにある程度新しい橋を架けておく必要があります。ただ、万一作業が遅れてチェックインまでに渡れるようにならなかった時の事も考えて計画を立ておく必要があります。
さて、実施日が決まりました。翌日のお客様が元中学の体育の教師のお客さんの日です。これなら工事が遅れても橋のかかっていない小川をなんとか渡って下さるであろうとの甘い考えに基いて・・・。さて当日、なんとこの元体育教師がいつもより早めに来られたのです。橋はまだできていません。(写真4)仕方なくと言うか思惑通りに、元体育教師には板を一枚渡してその上をバランスを取りながら渡ってもらいました。
と言う様なハプニングがありながら、その日の夕方には写真5の様な状態までこぎつけました。あとは体裁を整えるだけです。
幸いにも豪雨以来ほとんど雨が降らなかったおかげで川は干上がっており、川に入っての作業は楽でした。そして翌日、アプローチの石畳も綺麗に整えたところで、橋の完成を祝うかのように久しぶりの激しい夕立で川も水が流れる状態に戻りました。(写真6)
そして仕上げは欄干。敷地内の白樺の樹の枝を切ってご覧のように”出来ましたッ!!!”
<追記>
1,一人でやりました。木も石も重かったです。
2,今回は防腐・防虫対策も施しています。前回何もしなくて12年はもったのですから、少なくともアダージオをやめるまではもつはずです。
3,元体育教師さんは、お帰りの時に(橋は完成していましたが)「また来ます」と言って帰られたので、甘い考えも事なきを得たようです。
4,サラーリーマンの時と違って、仕事の成果がすぐに形となって出てきます。それを見てしばし達成感に浸れます。その日少し遅くなって帰って来たかみさんは、感慨深く仕事の成果を眺めている私の横を無造作にバタバタと橋をわたって家に入って行きました・・・。嗚呼!

 




テラスでの朝食
(客様の了解を得て掲載。アダージオに来ていることになっていないお客様はいらっしゃらなかったようです。)

7月29日の流れ(左)と8月29日の流れ
 



2012年8月29日 テラスでの朝食

下界では厳しい残暑が続いているようです。アダージオでも気温は例年よりは少し高めでしょうか。とは言ってもこの日記を書いている日中のテラスの気温は22度。快適な日が”まだ”続いています。
例年ですとお盆を過ぎるとお客様にテラスで朝食を召し上がっていただく機会も少なくなるものなのですが、今年は8月も終わりに近い今朝でもまだテラスの朝食はできました。でも、今朝は気温は16度で、バタバタと動きまわってサーブする私たちは良いのですが、じっと座ってお食事を召し上がられるお客様には少し寒かったのかもしれません。もしかしたら今朝あたりが今年最後のテラスでの朝食になるのかもしれません。
そういえば、8月に入ってから数回夕立があったのですが、雨らしい雨は例の7月28日の局地的な豪雨以来ほとんど降っていません。川幅いっぱいに濁流が流れ、入り口の橋をほとんど流してしまいそうだった水流も、今日はご覧の通り、ほとんど枯れかけています。夏のお客様の多い時期は冷たい川の流れを天然の冷蔵庫として利用させてもらっていましたが、この流れではとてもその用は足せません。幸いにもちょうど夏のお客様が途切れる時期と重なりました。天然冷蔵庫はもう必要ありません。アダージオでも、忙しかった夏がようやく終わろうとしています。
まだまだ残暑厳しい折、皆様のご健康をお祈りいたします。


 


フシグロセンノウにとまるカラスアゲハ(左)


アサギマダラ

 



2012年8月20日 既に秋の気配

標高1500メートルのアダージオでは8月もお盆を過ぎますと既に秋の気配が漂い始めます。ここではいわゆる”残暑”という概念は全くなく、夏がかろうじて踏ん張った後はすぐに秋です。と言うよりは、秋はその気配を夏の真っ盛りから忍び寄らせている感じです。昨夜もお客様は久しぶりに布団をしっかりかけて寝ることができたと喜んでいらっしゃいました。
今、この日記の更新を書いているテラスの気温は22度。木陰では半袖では少し肌寒く感じるほどです。でも、そんなに羨ましがらないで下さい。少なくとも気温について皆様に羨ましがらっるのは夏の2ヶ月弱だけ。後の10ヶ月強は皆様のほうがよほど快適な気温の中にいらっしゃるわけですから。
夏の間に撮った蝶の写真を2枚掲載します。
カラスアゲハが開花したフシグロセンノウの蜜を吸いにとまりました。フシグロセンノウはもう少し赤みがかっているのですが、なかなか見た通りの良い色に撮れません。
アサギマダラはヒヨドリバナに羽を休めていました。一説によると台湾あたりまで旅をするとか。もう既にみかけません。遠い旅に出たのでしょうか。

アダージオの秋はすぐそこまで来ています。


 






朝日新聞より記事コピーを添付しての転載は問題ないとの許可を頂きましたので、下記にPDFファイルで添付します。クリックして見て下さい。

20120730AsahiNewsPaper.pdf へのリンク



(実は東京にいる娘に何かの折に新聞の取材を受けたという話をしました。第1回目が始まった時に娘から「連載が始まったね」というメールが来ました。3回目まで済んで「お父さんまだ出ないね」と来ました。私も取材は受けたけど実際に載るかどうか分からないし、翌日の予告が「明日は『お客さんの心をつかむには』です」となっていると告げると、「なら明日ではないね」だと。)  娘は父の事をわかっていない!!!   
 



2012年8月9日 朝日新聞の記事の反響

7月30日の日記でお知らせした朝日新聞の記事は思わぬ反響がありました。反響を話する前に、まだお読みになっていらっしゃらない方のために、その記事についてご説明しておきましょう。
朝日新聞の生活欄に「55プラス」というコラムがあります。いろいろなテーマで各テーマにつき数回の連載です。今回は「ペンションを開く」というテーマで4回の連載でした。アダージオには掲載のひと月くらい前に取材に来られました。掲載1回目は数年前に中古物件を購入して気ままに楽しく暮らされている原村のペンションの方の話。2回目は開業にあたっての各種手続きや許可。3回目は場所選びのアドバイスでした。そして4回目は「コンセプトを持って経営してリピーターをつかんでいる」というテーマでアダージオを取り上げて下さいました。アダージオの場合は、「中高年・シニアの方にターゲットを絞り、来られたら文字通りアダージオ(イタリア語で”ゆっくりと”の意味)のペースで過ごして下さい」というコンセプトでやっていると紹介されました。

(記事をまだお読みになってなくてご興味のある方は左のリンクをクリックして下さい。)
さて、いよいよ新聞記事の反響の話です。いえ、別に電話がひっきりなしにじゃんじゃんかかって来たという様な話でありません。お問い合わせのほとんどはシニアの方々からでした。実はあの記事にはアダージオの電話番号は記載されていいません。にも拘わらず、電話番号を調べてかけてこられています。私達みたいにパソコンでワンクリックで検索して調べるという術をお持ちの方々ではありません。そのご苦労だけでも頭が下がります。ほとんどがペンションなどにお泊りになられたことの無い方です。「一人でも泊まれますか?」とか「ペンションってみんなで寝るのですか」とか、「名古屋から電車で行くにはどう行けばよいか」など。その都度「はいどうぞお一人でもお越しください」とか「ちゃんと個室をご用意してます」とか「特急しなのに乗って塩尻で東京方面に乗り換えて茅野駅でおりて下さい」とか、丁寧にお応えしています。資料を送ってほしいというリクエストも少なからずあります。最近はインターネットのお陰で、ほとんどの問い合わせには「ホームページをご覧になって下さい」で済んでいたのですが、慌てて引き出しの奥にしまってあったパンフレットを引っ張りだしたりホームページの一部をプリントアウトしたり、そして封筒に手書きで宛名を書いて、「こんなことをするのもしばしばらくぶりだね」なんて話しながら切手を舐め舐め貼りました。旅行といういわば非日常の遊びの部分で自分たちのためにやってくれているところもあるのだと知ったシニアの方々の喜びのようなものが伝わってきます。企画の本来の趣旨とは別に、朝日新聞も良い記事を書かれたと思います。文章も「シニア向けの施設を紹介します」という書き方でなかったのもシニアの方達に好感を持たれたのかなとも思います。実は13年もやってきてそろそろ潮時かなとも思ってもいたのですが「もう少し頑張らないといかんね」とかみさんと話しております。

 


濁流に流された丸木橋。
手前の草が倒れている所も水路だった


多くても左側程度の川幅が右端まで広がった

流から流された大石が橋に引っかかり川を半分塞ぐ
 


2012年7月30日 集中豪雨

集中豪雨というと、ある程度広範な区域に集中して豪雨が降ることでしょうが、一昨日(28日)にこのあたりに起こった集中豪雨は本当に狭い場所に(多分10キロ四方)集中して降った豪雨のようです。(麓の茅野ではたいした事はなかったらしいです。)片付けが終わって最後のゴミ捨てに出る、夜10時ころには既にバケツをひっくり返したような雨でした。そんな予報はありませんでした。屋根は鉄板で、国定公園内の規制で雨といが付けられないので、雨の音は実際より激しく聞こえるものですから、そのまま寝入ってしまいました。どうもそのバケツをひっくり返したような雨が数時間続いたようで、夜半には停電もあったようです。朝起きて外に出てみますと、アダージオの庭を流れる小川の様相が変わっていました。水は入り口の橋の高さを超えたようで、橋の上には流された小石がゴロゴロしています。上流では渡してある丸木橋がながされ、普段は一本の川筋が3本にもなっていました。今日は、まだ水音は大きいですが、水量はいつもよりちょっと多いかなという位まで下がっていました。アダージオではその程度でしたが、近くのホテルではアクセス道路が土砂崩れで通行止めになり、駐車場が崩れて何台もの車も流される程の被害が出たようです。ここに13年住んでますが、こんなことは初めてです。やはり異常気象は身近なところにも起こり始めているのだと実感しました。

こんなこと申し上げるのも少々照れくさいのですが、今朝(7月30日)の朝日新聞の生活欄の「55プラス」と言う連載にアダージオの事が載っています。ご興味のある方はご覧になって下さい。

 



一株だけ残ったホタルブクロ

まだしぶとく咲いているツツジ




2012年7月23日 ホタルブクロ

草刈りをしていたらホタルブクロを一株見つけました。本当に一株だけです。以前はこのあたりには道端や道路の法面などによく見かけたものですが、最近はめっきり見かけなくなりました。アダージオでも同じで、梅雨の最中から終わり頃にかけてあちこちにあったものです。ホタルブクロは咲くとご覧のようによく目立つのですが、開花する前はこれといった特徴のない有様で、意識しないで刈払機なんかで草を刈るとほかの草たちと一緒に刈払ってしまいます。今年は天候が良くなくて、気温も低めで草もそれほど伸びなかったのであまり熱心に草刈りをしませんでした。ホタルブクロが残ったのはそのせいなのでしょうか。かと言ってお客様をお迎えするのに草ぼうぼうというわけにも行かず、いささか複雑な心境です。
今年は本当に低めの気温の影響が色々と出ています。テラスの上の栗の木の花もようやく咲き始めました。もう少しするとあのちょっとすえたような匂いがしてきます。例年ですとお客様がテラスで寛がれる時期には終わっているのですが、今年はお客様が来られる時期と重なってしまいます。ツツジもまだアダージオの丘で少し残っています。まあ、それもまた山の暮らしの一コマです。毎年同じだとつまりませんし。
夏の予約状況Homeに載せておきます。8月のお盆までは結構早くから予約を頂いたのですが、お盆明けからはまだまだ十分にお部屋があります。今週も空いてますよ。
本日午後3時現在、アダージオのテラスでは気温21度。午後はテラスが私の書斎になります。この日記もテラスで書いています。快適です。
 

上蓋を外して
触媒を取り出します



触媒(上)とバッフル(下)
左側がボロボロになって
取り替える部品

最後のニッコウキスゲは見事に鹿に食べられてしまいました。やはり「不快感」の表明だけでは済まなかったようで。鹿もこのHPを見ているのではないかと疑います。
 

2012年7月10日 ストーブの手入れ

夏炉冬扇のようなお話で恐縮です。薪ストーブの手入れをしました。ついこの前までお世話になり、しかも9月になるともう焚く日もあるような場所ですので、しっかり手入れをするとしたら夏に忙しくなる前のこの時期しかありません。考えてみたらもう10年以上も使っています。たかだか薪ストーブ、せいぜい灰をほかしてきれいにするぐらいだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、いえいえそんな程度のものではありません。そもそもこの薪ストーブ、アメリカ製で結構複雑な仕組みです。火をつけた始めは、普通のストーブ同様ただ燃えて煙が煙突に出ていくだけなのですが、ストーブがある程度熱くなると燃焼室から煙突に煙が行く回路を遮断して、燃えた煙を燃焼室の上部にあり既に熱くなっている触媒に通すことにより、煙を再燃焼させて熱効率を上げるという、薪ストーブにしては高度なメカニズム。その分幾つかの部品、それもそうお安くはない、がつくことになります。まずその触媒。25000円ほどしますが数年に一度は取り替えなくてはなりません。今年はそれの取り換えの時期にあたります。更に触媒を下から支える鋳物の金具(バッフル)は、10年使ったのでボロボロになっていました。これも部品を注文して取り替えました。ところが、このバッフルは燃焼室からボルトで固定するのですが、そのボルトも熱でボロボロになっており、外す時に頭が切れてしまいました。その時は一瞬頭が真っ白になりました。実は前にも手入れの時に別の部品のネジを切ってしまいました。さいわい取り外せる部分でしたので鉄工所に持って行ってネジ穴を開けてもらいました。今回は200キロ近い本体。簡単には持ち出すというわけには行きません。でも気を取り直して切れたネジのすぐ横に電気ドリルで半日かけて新しい穴を開けました。鋳物に穴を開けるのですよ。まあ何とかかんとか悪戦苦闘して、10年選手の薪ストーブ君は手入れをしてもらい秋からの新しいシーズンに備えることになりました。先日は煙突掃除もしました。この冬焚くのに十分な薪も作ってあります。準備万端、あとは寒い日が来るだけです。失礼!暑い夏はこれからでしたね。
(補足)
ただ薪を燃すだけですと発生した熱の半分は煙と一緒に煙突から外に逃げてしまいます。(燃焼効率50%) その煙を触媒を使って再燃焼させると、説明書によりますと燃焼効率は80%位になるとのこと。実際の数字はともかく、宇宙船とかデジタルの最先端技術の開発をする一方では薪ストーブの熱効率も一生懸命に研究している人達がいるという、アメリカという国の奥深さを感じます。


 

新緑にツツジが映える


開花まで守りたい
ニッコウキスゲの花芽





2012年6月28日 ニッコウキスゲを守れ

しばらく「日記」の更新をサボっていました。
鹿よけネットに加えて、モミの木の枝を何本か切ってきて、障害になるように置いておいたせいか、その後は侵入してきた形跡はありません。実はネットの高さは1メートルも無いですし、置いてあるモミの木にいたっては50センチくらいなのですが。無断侵入に対するこちらの不快感が伝わるだけでもそれなりの効果があるのかと勝手に思っています。
というわけで、ついにひとつの株からは立派な花芽がスクっと伸びてきました。このまま順調に行けばあと2週間くらいで開花の運びとなることでしょう。昨年は全滅でしたから、2年ぶりにアダージオの庭でニッコウキスゲが咲くことになります。しっかり守ってあげなければなりません。(なんだかトキみたいに大げさな話になってきましたが・・・)
アダージオの庭ではようやくレンゲツツジが満開です。
 




鹿よけネット

今のところ無事の
ニッコウキスゲ

新しいバードフィーダーは、リスも知恵を絞って使っています。ある朝の光景です。

最初はかなりアクロバチックな姿勢から

ようやく穴に届いたけど
かなり窮屈

やはりこの姿勢が一番だね

 


2012年6月6日 アダージオの庭では

今年も鹿の被害がたくさん出ています。これまでに被った被害を挙げてみますと;
タラの芽;人間が食べるのと同じ芽の部分が好物です。
コシアブラ;樹の皮が好きなようで、一本皮をかじられて枯れてしまいました。
ミヤコワスレ;根こそぎ食べられて全滅です。
アヤメ;花壇のものが食べられてしまいました。

鹿は日中は敷地の中までは入って来ません。寝静まった夜中に来るようです。そもそも昨年までは元支配人(犬)が日中敷地の中をウロウロしていました。ですから夜になってもその気配が残り、多分鹿たちも侵入をためらっていたのでしょう。ニッコウキスゲは被害に会いましたが。このあたりでも全体的にs鹿の数が増えており、車で走っていてもしばしば目にします。それと、これまで犬の気配が残っているのでで侵入をためらっていたアダージオの敷地も今年はフリーパスみたいです。
というわけで、昨年もやったのですが、今年も鹿よけのネットを張ることにしました。それなりの効果はあるようで、張ってからは被害がかなり少なくなりました。アダージオの丘のニッコウキスゲも今年は今のところ安泰です。今年は2年ぶりに花が見られるのが楽しみです。
小梨が開花し始めました。小梨の花は、ツボミの時は殻の色で赤く見えます。その殻をはじけさせて中から白い花が開いてきます。ですから、開花の時期には赤と白が入り交じって綺麗です。こういう模様を表現する適当な言葉を持ちませんが・・・。


         赤と白が入り交じる開花し始めの小梨
 


場所に不似合いに見事な
山桜



じっとこちらを見る
カモシカ

 


2012年5月20日 季節の便り(新緑直前)

アダージオの周辺では日に日に緑が増して来ています。入り口のポストの脇にある山桜もようやく咲きました。例年よりほぼ10日遅れです。この山桜は私達が13年前に来たときは貧弱なものでしたが、樹が大きくなるに連れて花も年々立派になって来ました。でも、写真のように見事になりますと、山桜らしい多少のはにかみさが薄れてしまうようで、前のやや貧弱な頃が懐かしいなんて勝手なことを思ってしまいます。
ラウンジの隅から見える裏の林にかけておいた巣箱にシジューカラが巣を作っているようです。写真はラウンジから望遠で撮りました。巣を作っている最中なのか、抱卵中かどうかはまだわかりません。そのうち雛の鳴き声がピーピー聞こえてくるのが楽しみです。ただ、困ったことにそのシジューカラ一家の巣は、今私が薪割りをしている丸太の山の近くにあります。順番に効率良く片付けていくとそこで割るのが良いのですが、多少効率は悪くなってしまいますが、彼らには近くないあたりの丸太の山から片付けて行くしかないでしょう。
昼下がりに散歩中にカモシカを見かけました。逃げようともしません。デジカメのズームを望遠側にして撮っただけでこれくらい大きく見えることで近さが想像できると思います。鹿にしろカモシカにしろ、キツネにしろ、タヌキにしろ、どうもだんだん人を恐れなくなってきているような気がします。少なくともここでは。


 

料理長から説明を受ける受講者達

今日の献立
アダージオの向かいの桜が満開になりました。その向こうのアダージオではまだ煙突から薪ストーブの煙が・・・。
 

2012年5月8日 「しなの食大学」受講
(担当;料理長)
「しなの食大学」とは長野県調理師会諏訪支部主催の講座で、古くから伝わる郷土食(地産地消、旬産旬消)やふるさとの味の伝承を目的とし、調理師会の技能講師(諏訪地方のホテル、旅館、レストラン、などの総料理長やオーナーシェフなど)が料理を教えてくれるという講座です(2年間8回を1クルー)一期目も受講修了して、その成果は少しづつアダージオのお食事に反映されています。(プロの料理人から直に教われること、各テーブルにプロ1人が付くという至れり尽くせりの講座はそう無い!)。
2期目初回の今日は蛍烏賊を使った4種類の料理(茹で蛍烏賊と乾燥蛍烏賊の使い分け)。そのうち山に適した食材を使う「乾燥蛍烏賊」使ってみたいと思いました。
先日、ヤマウドの下処理後変色したその原因を同じテーブルの料理長に聞きました。茹でが足らないとの事、食感を残してきちんと処理する難しさを実感しました。1期目で習ったりんごのドレッシングや木の芽味噌などはアダージオのメニューに取り入れています。
今回のクリームチーズを加えた白和え衣で、りんごのキューブをあえるのは秋になってりんごが出てきたらアダージオのお客様にもお出ししたいと思います。次回7月の受講が楽しみです!


 


株が少し増えた福寿草


雪を横目に薪割り開始



2012年4月25日 ようやく春

1週間ほど出かけて帰ってくるとすっかり春になっていました。周辺の雪はほとんど溶けて、地面からは”さあ、これから頑張って芽を出すぞ”という草花の意気込みを感じるようです。アダージオの庭で毎年真っ先に芽を出して開花するのは福寿草の花です。今年も例年よりも遅れていますが雪がとけると同時に咲いていました。これを見ると本当に春が来たのだなぁと感じます。
裏ではまだ軒下の日陰に雪が残っていますが、ようやく薪割りの仕事を始めることができました。昨年より約3週間ほど遅い開始です。薪にする丸太は昨年の秋にチェーンソウで切って積んであります。原木から切ってすぐの丸太は水分が多くて木の繊維同士が絡み合っているせいか、なかなか割れません。そこでひと冬越させて春に割ることになります。今作っているのは今度の冬に焚く薪です。早い時は9月の中頃に炊くことがあります。そして例年連休後までは薪ストーブのお世話になります。早い薪は燃やすまで5ヶ月もありません。ですから最初に作った薪は日当たりの良いところに積んで少しでも早く乾くようにしておきます。その程度の頭は使います。
それ以外はあまり頭は使いません。薪割りのような単純肉体労働を続けると、なぜか気がつくと自分と対話をしていたり、昔のことを思い出したりします。それがあまり良い事は思い出さなくて、ネガティブなことが多いです。肉体的な疲労よりこちらの精神的な疲労のほうが、結構こたえることがあります。というわけでラジオをかけながらする事もあります。でも、ラジオビタミンが終わってしまいました・・・。



 



1回目


2回目

冬鳥情報
ハギマシコは帰ったようです。
アトリはまだまだいます

 

2012年4月13日 蕎麦うち
(本日の日記は女将が担当いたします)

前々から作れるようになりたいと願ってた蕎麦をやっと打つことができました。習ったときは700gで、量は多いし作業台は高いし麺棒は太いしと力の要る骨の折れる作業に何度もお師匠さんである友人に代わって~と泣き言を言う始末…。うちに帰って食い口が二人なのでまず200gで練習。200gと700gは大違い!写真のようにできました。そのうち300g→500g→700gと打てるようになれば皆様にもお出しできるかもしれません。蕎麦の捏ねはパンのそれに比べると楽でその分伸ばしに労力が要るようです。そば切りは1回目より2回目とまさに習うより慣れろで安定してきます。量が少ないので粉を計ってから茹で上がるまでだいたい30分以内でできます。やはり打ちたてゆでたては私のような素人が打っても美味しい!蕎麦打ちに填まる人が多いのもわかるような気もします。その一人になりそうです。冬鳥の飛来が少なくお客様も少なかったこの冬の貴重な体験でした。


 



昼間のキツネ氏

夜のタヌキ嬢

今朝は雪が降りました。すると、どこにいたのか結構いろいろな種類の鳥達がやってきます。ハギマシコもまだいました。5羽で来ました。その他;
アトリ、カワラヒワ、イカル、シジューカラ、コガラ、ヤマガラ、エナガ、など結構賑やかです。
アカゲラが場違いなところに来たよな顔をしておどおどしながら餌台にいました。

しばらく独りでいたホオジロもパートナーと一緒に来るようになりました。春です。
 


2012年4月4日 跋扈(ばっこ)

アダージオは東急不動産が30年ほど前に開発した別荘地にあります。別荘地というと自然を破壊して人工的なものを開発するイメージです。現象としては全くそのとおりなのですが、案外自然は残っているものです。別荘というものは入手した当初はともかく、だんだん使われなくなるものです。使われたとしても、年に数回くれば良いほうで、中にはもう何年も使われていないようなものが多くあります。と言う訳で、夏の一時期を除けばかなり静かな人気の少ない場所になります。元から住んでいる動物達にとっては案外住みやすい場所かもしれません。
アダージオではこれまで日中は敷地内を徘徊巡視して犬の気配を振りまいていた元支配人が他界し、その気配が薄れて行くにつれて、動物達が家の周りを跋扈しています。夜には狸が、なんと先日は日中キツネがテラスのテーブルに登ってきました。狐や狸にお近づきになられるのも良いですが、そろそろお客さんにも来ていただきたいものです。

 



朝の道路

午後の道路


まだ雪をかぶっている薪
 


2012年3月25日 春の雪

相変わらず寒い日が続いています。天気予報はそう言ってなかったのに今朝起きてみたら一面真っ白でした。最低気温もマイナス8度。日中もマイナスのままの”真冬日”でした。それでもやはり春の気配は感じます。朝の雪で真っ白だったアダージオの前の道路も、日中日が当たったらすぐに解けて路面が出てきます。春分の日を過ぎた太陽の光りは、やはり強いのでしょう。まだ凍っている陽に見える地面もこの光りを受けて徐々に解ける用意をし始め、それを敏感に感じた地中の植物達も芽吹きの準備を始めていることでしょう。アダージオでももう少ししたら福寿草やカタクリが目を出すことでしょう。
とは言え、現実的には気温が低くて雪もまたたくさん残っており、いつもならそろそろ始まる薪つくりの仕事もまだまだ手がつけられないような状態です。
スタッドレスタイヤを夏タイヤに履きかえるタイミングに頭を悩ませます。

今年もいつもと同じように春が待ち遠しいです。





徳島県阿波市市場町犬墓



時々やって来るハギマシコ
近くにはいるようですが来ても数日置きに
これまでのように大集団も無い。
政権交代でも起こったのではないか・・・。




2012年3月13日 「同行二人」と「犬の墓

そっち方面に用があり、時間があったので四国八十八箇所歩きお遍路さんの締め括りに行って来ました。締め括りと言っても、一応一番札所霊山寺から八十八番大窪寺までは数年前に歩いて回りましが、人によってはそれは必要ないという方もいますが、八十八番から一番までまで歩いて文字通り一回りしたことにしたいので、元支配人の弔いも兼ねて歩く事にしました。八十八番大窪寺は香川県の志度(今はさぬき市)から入った山の中にあります。一番霊山寺は徳島県に帰って吉野川沿いの平野に出て徳島方面に下って行った坂東というところにあり、その間約35キロあります。八十八番まで回っていた頃は一日40-50キロ歩くのには慣れていたのですが、それからはそんなに長い距離は歩いていないことと、こちらも歳を取っているということで、はたして35キロを歩き通せるのか多少不安もありました。
前日に高松に泊まり、翌朝JR志度駅から「さぬき市コミュニティーバス」なるものに乗せてもらいました。何しろ志度駅から大窪寺まで乗っている時間は1時間強。それが市民でもないのに200円で乗れるのですから、ここはやはり「乗せてもらった」と謝意を表しておくべきでしょう。
さて、バスは大窪寺に9時過ぎについて、一応お参りして「結願」した時の感激を思い出して、さて気を引き締めて9時半に出発しました。そして、かなりよれよれになりながらも無事一番霊山寺には午後5時半過ぎにたどり着きました。これて文字通り四国を一周させてもらったことになりました。最初に一番を出た頃は金剛杖を持っているだけで照れくさかったことや、『同行二人』(どうぎょうににん)と書かれたその杖を家にもって帰ったらかみさんに「あら、お一人で行かれたのではなかったのですか」なんて、まるで愛人同伴の出張を見咎めるような口調で言われたこと、などの思い出に浸り、こうやって歩かせていただいたことに感謝したものでした。
八十八番からの道が徳島県に入ってしばらくすると「犬の墓」という名前のバス停がありました。付近には「犬墓太子堂」なる場所があり、案内の看板によると、昔弘法大師が犬を連れて修行中にこの地で猪に襲われ、大師を守ろうとした犬が滝に落ちて亡くなったのを弔った墓であると。偶然にもこんな場所を通るとはこれも何かの縁でよき弔いにさせていただきました。帰ってから調べたら、ここは正式には「阿波市市場町犬墓」です。








3月の雪

カケス写真を撮りました。飛んでいるところに狙いをつけたのですが、なかなかピントが合いません。

カケス
     冬になると毎朝数羽がやってきます。
カケスは秋にどんぐりなどの食べ物を隠して保管しておく習性があります。でも、どこにしまったのか忘れてしまうことも良くあるようです。うちにも約1名います。





2012年3月5日 春はそこまで。 白内障の手術記

3月に入りましたが、今日は重たい雪が積もりました。麓の茅野あたりでは雨のようです。高速の出口やJRの駅がある辺りと比べますと、ここは標高にして700メートルの差があります。山はまだまだ冬景色ですが、それでも重たい雪に春はそこまで来ているという気配が感じられます。しばらくお休みしてましたこの日記も再開させていただきます。
先日白内障の手術を受けてきました。片方の目だけですので日常生活には支障が無かったのですが、パソコンの画面や夜運転中の対向車のライトがまぶしく感じられたり、本が読みづらくなって来たりしたので、お医者さんに相談したら、「日常生活に支障が無いなら術後の感激は薄いがやりますか」ということで、思い切って受けました。
まず、手術までのお話を。茅野にある例の諏訪中央病院には眼科医は週に数回外から来て診察するだけで手術はできません。そこでお医者さんは諏訪にある赤十字病院に紹介してくれました。ところが諏訪では、白内障の手術はおよそ一年の順番待ちだと。「お急ぎならどこか紹介します。確か韮崎市民病院が早いはず。」との事。「韮崎ですか・・・」とやや不安げなのが顔に出たのでしょうか、「なに、このあたりの大きな病院の眼科はだいたい山梨大学医学部ですから大丈夫ですよ」となんだかわかったようなわからないような話ですが、ひと月半くらい先にできるということなので、方や諏訪では1年先を考えたら、やや遠いけどそこにお願いすることにしました。茅野市内にもある街の眼科で受けるという選択肢もあったのですが、入院しない代わりに手術後数日は毎日通わなければならないので、面倒くさかったのかかみさんが「思い切って入院しなさいよ」と言うもので、3泊4日の入院つきとなりました。
さて、白内障の手術というと皆さん「15分くらいで済むから簡単ですよ」とおっしゃいます。私も15分位で済むならと気楽に考えていました。しかも麻酔もかかっているし。ですから事前に状況に対するシミュレーションもしていませんでした。ところが、意外な落とし穴がありました。目の手術ですから、目を閉じるわけにはいきません。手術する目の周りにテープをしっかりと貼り付けて瞬きもできないように固定されます。その開いた目に向かって上からメスのようなもので何かをされるわけです。しかも「まっすぐ前を見ていてください」との固い指示。人間怖いものに直面すると「目を覆ったり」「正視できなかったり」しますね。それができない状態で怖いものに文字通り直面するわけです。これは想像もしてなかった恐怖です。そのうち、時間もわからないので「15分位といわれたけど少し時間がかかっているけど、何かあったのでは。私は失明してしまうのでは・・・」といろいろと恐怖を増幅するような思いが頭の中に充満し始めて来ました。先生の「終わりました、うまくいきました」という声が聞こえたのは頭がパンクしそうになってギャーと叫ぶ寸前でした

眼帯の取れた翌朝は、一面雪景色。手術した方としてない方で交互に見比べますとその差は歴然。雪景色がくっきり、すっきりと見えます。してない方はややセピア色がかって見えます。そうか、子供の頃はこんな風物事がすっきりに見えていたのだなと、私なりに感激したものでした。心の目の汚れはどうやったら治せるのかな。時間がかかるかもしれないけど次はこれだ。
 









2012年1月26日 謹告

謹んでお知らせいたします。アダージオ元支配人「クー」におきましては、本日(1月26日)永眠いたしました。ここに、皆様より生前元支配人にお寄せいただきましたご交誼に対し、心よりお礼申し上げます。
19歳に2週間ほど足りませんでしたが、大往生でした。自然の中の恵まれた環境で暮らし、お客様には可愛がっていただき、ストレスの無い生活がこのような長寿につながったのだと思います。幸せな一生だったと思います。
いつものあのやさしい顔のままアダージオの丘に静かに眠っています。蓼科の自然に抱かれて。

厳しい寒さが続いております。皆様におかれましても体調など崩されませぬようご自愛下さい。暖かくなりましたらまたお出かけ下さい。
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